世の中は 9日見ぬまの 小屋まわり2012年11月21日 18:10

7、 9日ぶりのわが小屋はやっぱりいい~~。
入院時まだ紅葉がいっぱいの小屋周りだったのに、もう冬景色。
わずか9日だけなのに、もう浦島太郎だ。確かに白髪になってしまった? そういえば入院記念に、アゴヒゲを剃らずに帰ってきたが、鏡ではあまりカッコよくもならない。が、せめて酒が飲めるまで生やしてやろうかとも、迷っている。あ~酒がのみた~い。

なぜこんな入院騒ぎが起こったのか? 自省してみた。

①まず浮かぶのは「神の怒り?」..田作は伊勢神宮の傍で生まれ域内の学校で育てられた。天照大皇神(アマテラスオオミノ神)ゆかり?の者? 実は60歳定年の時70歳までの生存を祈願し、70歳の時80歳までの延命を祈願している。 なのに先日、自分の植えた桜を見たさに、あと20年生きます宣言を自分勝手にやってしまった。..これが天照
はんの逆鱗に触れた..と思われる。 伊勢神宮に行って天照はんにお詫びを申さねばなるまい。 まず白馬の平川神社がお伊勢さんの出先神社だから、仲介の労をとってもらうためにも、お参りしてこよう。
山の神にしろ天照はんにしろ、げに女の神はおそろしい。

②もう一つ思い当たる。
来年2月の75歳後期高齢者入りを前に、資格審査があったのではないか? つまり、入院の経験もない未熟者を、後期高齢者にしてよいものか?国会論議がされていたのかもしれない? あほ

いずれにしても、心して後期高齢者入りを受け入れようと、田作は心に秘めるのであった。 入院だけはしたくな~い。  (入院記おわり)

何よりも 「異常なし」こそ 神の声2012年11月20日 17:15

6、 検査入院を含めて9日間、点滴攻めでうろうろも出来ない。もう嫌
、金払うから...出してくれ~。

血液検査の結果、ちょっと問題点があるものの、退院許可....と主治医からの判定が下った。 ヤッホー! 
そして、当初の目的「前立腺ガンの疑いもなし!」...ダブル ヤッホー!
これこそ神の声、やれやれです。 点滴やシビン、オムツから解放され、病院食を食べずに済む。

食事でいえば、麺類が食いたかった~、特にそば、9日間のそば断ちは拷問だ、9日間一回だけパン食が出たが、これは旨かった~。要は
主食の米がまずい。 病人には新米を食わしたらいけない...という法律でもあるんだろうか?ごはんが旨ければ、おかずがどうでも食べられる
...そんな公約を掲げる政党はこの選挙にはいないのか? あほ

音楽が無性に聞きたかった、テレビは各ベッドに付いていたが、観るのに疲れてだめ、やはり音楽がいい。売店に点滴スタンド引っ張って、FM受信機を探しにいったけど、ざんねんでしたまたどうぞ..だった。こんどの入院時には買っていこう..けどもう入院はしたくな~い。美人看護師もいらな~い。

九日振りの太陽はまぶしかったです。

異なとこで 竜馬と時世 語り合い2012年11月16日 15:05

5、 検査入院から..5,6,7..日、漸く熱も微熱の範囲、オムツもとれた
が、本来の自分でない事は自分にも分かる、案の上、こんな時痛風の発作で足親指付け根が腫れて疼痛が激しくなってきた。弱り目に祟り目、覚悟を決めて、痛風の痛み止めをお願いした。医師は即決で看護師に座薬を命じた。聞いたことはあるが試したことがない...若い看護師が持ってきたので、思わず「自分でやります」と座薬を受け取った。が、
自分でできるはずがない。 夕刻まで待っていたら、夜勤の看護師が
若くなかったので頼んでみた。無表情で何事もなくやってくれたが、何かやけくそみたいに座薬を突っ込まれて..痛かった。 でも、効能はすごく10分せぬまに、痛風発作の痛みは薄らいでいった。すご~い。

トイレまでのがまんも出来てきた。便器に立ったら、「一歩前へ」との表示ですかさず反応した。 写真は憧れの坂本竜馬、右下に「接遇改善委員会」 とあった。 なかなか含蓄のある、言葉であり、写真であり、接遇推進策であると感心した。 ...と考えられる程わしも回復してきたな?と思った。
それにしてもこの病院スタッフは、誰もが病人に親切でよく働く人たちだと気持ちよかった。田作の最後の看取りもここにお願いしようかな。

憧れた 入院生活 夢やぶれ2012年11月15日 13:52

4、 リセット入院から..1日2日3日...一向に熱が下がらない、どころか、血尿、血便、むかむか...、特にションベンにはまいったまいった。

..というのも、ちょぼっとしか出ないし、痛い、そして5分も経たない内にまたしたくなる、頻尿とか残尿感とか..そんなレベルではないと、若くない看護師には訴えるのだが、どうもでけんわなあ。

それよりもっと困ったのは、ちょぼっとしか出ないくせに、出るとなると待ったなし、いきなり蛙みたいにピュッと出てくる。 ベッドから15秒(歩行痛で倍の30秒)のトイレまでが我慢できない。お恥ずかしながらこの年でオモラシとは...とほほ。 思い余って、シビンの借用を願い出た。
看護師が気をきかせて、紙オムツをいっしょに持ってきた。 ここにきて誇り高き田作のプライドは、ガラガラと崩れゆくのに、涙すら出なかったし、恍惚では断じてないのに、オムツの世話になることにした。
若い看護師でなかった事がせめてもの救いであった。

真夜中、頻尿にせかされて、シビンスタイルでベッド横にたった(座ると出ない)。 隣ベッドの爺さんに気を使い明かりも点けず音も立てず、ひたすら精神集中して一刻がんばっていた。 すると、廊下からパタパタと急ぎ足の足音がして、わが病室に慌ただしく看護師が隣の爺さんのベッドに駆け寄った「どうしましたか!?」、田作も慌てて見られると困る物を納め、ベッドに座ったら、爺さんが言うには、「カーテンに幽霊がが立っていた...と」  ん? それってもしかして? わしのこと??
爺さん幽霊に怯えて緊急コールブザーを押したんや..。
...空気を察して..「ああ、私オシッコしてました..すんません..」  なんとまだ生きているのに幽霊に間違われるとは..思わず自分の足があるか探った。 それにしても悪いことしたんやろか? なんで謝ったんやろ?  明け方までションベンを我慢したが..。?

くつろぎ時 急に身体が 震度8?2012年11月14日 14:53

3、...ところがだ...、ここからドラマが始まった!
晩酌は控えたものの、我が家の味の夕飯後、病院指定の薬(抗菌剤)
を飲み、録画の愛くんをお茶飲みながら観ていたところ、小刻みな余震に始まって身体がぶるぶる震えてきたではないか、寒気も感じてきたので、急いで2階のベットへ避難。 ...けど、布団を頭から被っても震えは一向に収まらぬ..どころか、震えはガタガタの震度8クラス...たまらず「かあさ~ん!」  その時の慌て振りを、自ら冷静に振り返ってみても、ほんとの震度8地震時のそれを想定をしてみても、どちらがどうとも自信がない..。
震えの他にあちこち痙攣もしだしたし、息苦しくもなってきた...ああ、死ぬ時はこんなかなあ~ と思った事も覚えているし、気の強い婆さんでさえ、後で怖かった~ と涙目していた。 (邪魔にされてはいないんだと自信を強めた?)、はともかく...、

がたがた震える手で、朝退院した病院の当直先生に惨状を電話で吠え倒し、即タクシー呼んで病院へ急行した。 が、なぜ?病院が救急車を嫌がったのか?未だに未解のままである。(タクシー運転手さんの説では、希望の病院には行ってくれないこともあるとか? かもね..)

熱上昇、嘔吐、発生から1時間程で震えは収まったものの...夜中当直先生の尋問後、即、入院点滴..なんと朝居たベッドへと逆戻り、いわゆるリセット入院? て言葉あったかな? 
 ...と、こんな訳でやっぱり、雲行きが怪しかったのだ。